森から始まる、呼吸する家。── 仙台に移住した料理家の家づくり記録
記事に掲載された写真
建築中の新居、夕陽を背に

プロローグ 二歳が泣いた音

記事に掲載された写真

宮城の山の中でした。

記事に掲載された写真
家に使わせていただく木にお神酒を

足元にお神酒をまいて、家族全員で手を合わせました。それから、樹齢80年を超える立派な杉に、一人ずつ斧を入れさせてもらいました。

幹には、プロの方があらかじめ切り込みを入れてくれています。そこへ、大人も子どもも順番に、一振りずつ。コーン、と乾いた音が森に返ってきます。もちろん、この一振りで木が倒れるわけではありません。それでも、この木に最初に刃を当てたのは、私たち家族でした。

そのあとは、プロの仕事です。チェーンソーの音が森に響いて、私たちは少し下がって見守りました。

木は、思っていたよりずっとゆっくり傾きます。そして最後に、ものすごい音がしました。

私は、恥ずかしいくらいの大声を出していました。

「すげえ! すげえ! すげえ!」

語彙が完全に消えていました。料理の仕事で、味を言葉にするのを生業にしているはずの人間が、三回同じことを叫んでいました。

そして、当時二歳だった末っ子が、泣きました。

あれは、そういう音だったのです。大人が「すげえ」しか言えなくなって、二歳が泣く。木が倒れるというのは、映像で見るのと、その場に立っているのとで、まったく別のことでした。

この杉が、いま、わが家の天井を横切っています。梁です。

記事に掲載された写真
メリメリバキバキバチ!!!!っとものすごい音が

――五年半前、私たちは、中古の古民家を買うつもりでした。


※この記事は施主が自主的に書いたもので、報酬等は一切受けていません。事実確認のみ工務店にお願いしました。まだ住んでいないので、性能の話は「実感」ではなく「期待」です。

この記事に書いてあること

数字は全部、うちの見積書と図面から出しています。長いので、目次から気になるところだけ読んでいただいても大丈夫です。

※記録:藤田承紀/2026年時点・現在建築中


第1章 「要リフォーム」は「要覚悟」と読む

記事に掲載された写真

移住者あるあるかもしれません。最初は古民家に憧れて探し始めました。

最初の一年は、とにかく見まくりました。

しかし現実は厳しく――出会う物件は、床が抜けている、裏が崖で手を入れられない、市の道路が敷地に食い込んでいる、解体前提、あるいは単純に高すぎる。

いちばん記憶に残っているのは、広い敷地に、建物が何軒も、ビニールハウスもいくつか並んでいる物件です。話だけ聞けば、夢のある規模でした。

現地に行くと、動かなくなったショベルカーや車が置かれていて、建物の多くは、そのままでは住めそうにありませんでした。大きな修繕か、解体が要りそうです。奥へ続く細い道を進むと、建材のようなものが広い範囲に積み上がっていました。大きな車も入りにくそうで、片付けて整えるまでにどれほどかかるのか、私には見当もつきませんでした。

そして、とにかく蚊でした。 尋常ではない数に囲まれて、「これは出なければ」と、ほとんど逃げるように帰ってきました。

あとになって、「あの蚊に守ってもらったのかもしれないね」と話しました。

「安いには理由がある」を、体で学びました。

物件情報の「要リフォーム」を「要覚悟」と翻訳できるようになった頃、私たちは古民家を諦めました。

内容を、何ひとつ覚えていない打ち合わせ

その日の打ち合わせのことは、話した中身を何ひとつ覚えていません。

覚えているのは、ダウンジャケットを脱げなかったことです。屋内の話です。

記事に掲載された写真
さむすぎた

立派な梁の通った、古い建物でした。案内されて中に入って、コートを脱ごうとして、やめました。外と、体感がほとんど変わらなかったからです。床が冷たくて座れないので、立ったまま話しました。話しながら、足の裏の感覚が、だんだん遠くなっていきました。

「昔の家は隙間風を通すことで、湿度の高い日本でも傷みにくくしていた」――その知恵には、いまでも深く頷きます。ただ、それと、千葉から来た六人家族が宮城でそこに暮らせるかどうかは、別の話でした。

一年探した古民家を、その日、諦めました。

二年目は、作り手を訪ねて

二年目は、昔ながらの技を持つ作り手さんたちを訪ねて回りました。土壁、あらわしの梁、木組み。素晴らしい技術を持つ大工さんや、自然素材にこだわる工務店さんにもお会いして、学ぶことばかりの時間でした。

ただ、わが家の計画や資金面の見通しを固めきれず、ご縁には至りませんでした。

そのあとにお会いしたのが、坂元植林の家の赤塚さんです。ご一緒してから、もうすぐ三年になります。

一年、一年、そして三年。合わせて五年かけて、ようやく家が建ち始めました。

記事に掲載された写真
坂元植林の家さんのモデルハウス「さとのえ」

第2章 値札のない土地 ── 農振除外と、第1種農地と、義父

記事に掲載された写真

まず、私たちのことを

菜園料理家という仕事柄だけではありません。移住してからの五年半、義父の米作りを定期的に手伝ってきました。 田の草を取り、機械を動かし、収穫を手伝う。このお米は直売所にも卸していて、きちんと販売しています。

庭では、野菜とハーブを100種類以上育てています。こちらは販売こそしていませんが、ケータリングの食材として、仕事でそのまま使っています。

目の前に広がる田園風景が美しくて、これを守りたくて移住しました。だから、農地を取得して耕作者になることは、制度上の手続きである以前に、暮らしの延長でした。

この前提から書き始めるのには、理由があります。これから書く手続きの話は、「安い土地を手に入れる方法」ではないからです。

記事に掲載された写真
我が家のハーブ達

二段構えのハードル

土地は、親族から譲っていただいた田んぼです。3筆・約400㎡。ご縁で話が来たとはいえ、農地としての妥当な価格で、きちんと購入しています。

ただし、その大部分は農振農用地区域の中にありました。住宅を建てるには、まずこの区域から外していただく手続き(農振除外)が必要です。

そして除外できたとしても、次があります。農地転用の区分では、原則として転用が認められにくい「第1種農地」にあたる土地でした。

農振農用地区域と第1種農地は、別々の制度による、別々の区分です。ひとつ越えたら、その先にもうひとつ立っていました。

やったことの全体は、こうです。

全部で、三年かかりました。

一番時間を食ったのが、農振除外です。そして、そもそも義父からこの土地を譲り受けるまでにも、ずいぶん時間がかかりました。

つらかったのは、時間の長さそのものより、先が見えないことでした。確認を重ねても、担当の方が替わることもあって、進んだと思ったら、また手前に戻っている。「ここまで来たのに」という気持ちを、何度も味わいました。

だから、農振除外が認められたときのことは、よく覚えています。まだ転用の許可が出たわけではありません。それでも、「もしかしたら、本当にここに家を建てられるかもしれない」と、そこで初めて思えました。

話をつけてくれたのは、義父でした

正直に書きます。ご近所を回って話をつけてくれたのは、私ではありませんでした。

義父です。 妻の父。

もともとその田んぼをやっていたのが義父で、私はそこで五年半、手伝いをしてきました。だから土地を譲っていただくという話も、その延長にありました。

古い田んぼの周りには、実際の使われ方と、登記に書かれていることが一致していない土地が、ときどきあります。うちの周りにも、ありました。目の前にあるのはどう見ても別のものなのに、紙の上ではまだ農地、ということが起きるのです。

そういうとき、こちらにできることはひとつしかありません。訪ねていって、説明して、お願いすることです。

義父は、それを何度もやってくれました。一軒に二時間も三時間もかけて。 世間話から始めて、事情を話して、頭を下げて、書面のご協力をお願いする。玄関先で立ち話が終わらず、お茶を出していただいて、そのまま座り込んで昔の話になった日もあったそうです。

私が行っても、たぶん同じようにはいきませんでした。

移住して五年の人間が、突然チャイムを鳴らして判子の話をしたところで、相手が身構えるのは当然です。何十年もそこで米を作ってきた人が「娘の連れ合いのことで」と切り出すのとでは、話がまったく違います。

この家は、書類だけでできているわけではありません。そして、私だけでできたものでもありません。

何人ものご近所の方が、面倒な紙に判子を押してくださった上に建っています。そしてそこに至る道を歩いてくれたのは、義父でした。

記事に掲載された写真

水路の上に、道を作る

もうひとつ、まったく想像していなかった手続きがありました。水路です。

田んぼには、水を引くための水路が通っています。うちの土地も、道路との間に水路がありました。つまり、そのままでは、車が入れません。

だから、水路をまたぐかたちで乗り入れ口を作る必要がありました。これは自分の土地の中だけで完結する工事ではないので、水路の管理にかかわる調整と、道路にかかわる工事の許可を、それぞれ取ることになります。

見積書に「乗入れ部◯◯工事」という項目があって、最初は何のことかわかりませんでした。家に入るための道を作る工事でした。

土地を見ていたとき、私は建物のことばかり考えていました。「そこに車と人が、どうやって入るか」は、まったく別の許可と、別のお金がかかる。 この土地で初めて知りました。

三年かかった理由が、途中でわかった

農振農用地区域というのは、ひとことで言えば「ここは農業のために取っておく」と地域で決めた線引きです。だから、そこから一軒分を外していただくというのは、私たちの都合で地域の計画を書き換えてもらう、ということでもあります。

三年かかった理由が、途中でわかりました。

簡単に外せる仕組みだったら、この景色はとっくになくなっています。私たちが移住してまで守りたかったのは、まさにその景色でした。

時間がかかるのは、この仕組みがきちんと働いているからでもある。 渦中にいるときは、そう思える余裕はありませんでした。いまは、厳しくしてもらっていてよかったのだと思っています。

景品は、スタート地点でした

農業委員会、農林企画課、そして名前を思い出せないいくつもの窓口――途中からスタンプラリーだと思うことにしました。

記事に掲載された写真

そして最後に受け取った景品は、スタート地点でした。

三年かけて、ようやく「これから家の設計を始めてもいいですよ」という、多くの方が最初から立っている場所にたどり着いた、ということです。ゴールテープを切ったら、そこは他の人のスタートラインだった。そういう三年でした。

ひとつだけ、腑に落ちたことがあります。

売り物になっている土地は、お金で買えます。売り物ではない土地は、お金では買えません。 代わりに、その土地がなぜ売り物ではないのか――地域の農業を守るために、どんな仕組みが置かれているのか――を一から学ぶ日々がついてきます。

そして手続きが終わったいまも、朝は畑から始まります。 去年と同じ場所で、同じ野菜を育てています。義父の田んぼも、変わらず手伝っています。変わったのは、その隣に家が建ちつつあることだけです。

ご協力いただいた近隣の皆さま、行政書士さん・司法書士さん、そして粘り強く伴走してくださった赤塚さんに、心から感謝しています。

もうひとつの壁 ── 住宅ローン

実は住宅ローンの融資先探しにも、時間がかかりました。複数の事業に携わっているため審査項目が多く、融資先が決まるまで時間を要したのです。

確定申告書は、事業の数×三期分。決算書、内訳書、納税証明、契約書の写し。名刺の種類が増えるほど、審査の書類も増える。 そういう仕組みなのだと知りました。

最終的にフラット35で借りることができました。通ったときは、家族より先にプリンターを労いました。

複数の仕事を持っている方は、時間に余裕を持って動くことを、心からおすすめします。

ちなみに、わが家は仙台中心部から車で40分弱。都会かと聞かれれば、窓の外の田んぼのカエルが先に返事をします。


第3章 田んぼが、陸になる

記事に掲載された写真

土地の値段は、土地代のことではありませんでした

総事業費の話をする前に、家づくりでいちばん誤解していたことを書きます。

土地にかかったお金の大半は、「土地そのものの代金」ではありませんでした。

わが家の土地まわりの費用は、全部で790万円ほど。内訳はこうです。

そして、田んぼは、そのままでは家が建ちません。

買ったのは、田んぼでした。家が建つ地面は、そこから作りました。

私はずっと、順番を間違えて考えていた

私はずっと、「土地を買う」→「家を建てる」の二段構えだと思っていました。実際には、あいだにもう一段ありました。

「土地を、家が建てられる状態にする」 という段です。

ネットの物件情報に載っているのは、最初の段の値段だけです。田んぼや畑、傾斜地、道路より低い土地、水道の本管から遠い土地――こういう土地は、安い理由がちゃんとあります。安い理由は、たいてい「あとで払う」というかたちで残っています。

土地を検討している方に、うちの見積書に出てきた項目名を、そのままお渡ししておきます。この六つを、契約前に工務店さんか不動産屋さんに聞いてみてください。

  1. 造成・盛土は必要か。必要なら概算いくらか

  2. 地盤調査の結果次第で、地盤改良はいくらまで振れるか

  3. 上下水道の本管は前面道路まで来ているか。引き込み済みか、これからか

  4. 電気・ガスの引き込みに追加費用はあるか

  5. 高低差があるなら、擁壁や土留めは要るか

  6. 敷地と道路のあいだに、水路や側溝はないか。 あるなら、乗り入れ口の工事と許可が別に要ります

このうち3番の「水道の取り出し」は、私にとって一番の伏兵でした。蛇口の話だと思っていたら、道路を掘る工事の話でした。そして6番は、そもそも項目があることを知りませんでした。

目の高さが、上がっていく

盛土の工事が始まった日、私は現場に立っていました。

ダンプが入ってきて、荷台を上げて、土を落とす。それが積まれるにつれて、私の目の高さが上がっていきます。

通ううちに、見慣れていたはずの景色の見え方が変わりました。同じ場所に立っているのに、遠くが見えるようになったのです。

ようやく、ここに家が建つ。 何年も書類の上にしかなかったものが、土の高さになって目の前に出てくる。うれしくて、正直、少し感動していました。

でも、同じ場所に立ちながら、胸が痛くもありました。

妻の実家は、約300年、米作りを続けてきたと聞いています。私も移住してから、義父の米作りを手伝ってきました。お米を育ててきた田んぼに、いま、土が入っていく。そのことが、申し訳なかったのです。

うれしい気持ちと、申し訳ない気持ち。どちらかに片づけることはできませんでした。土が積まれていくあいだ、その両方が、ずっと一緒にありました。

盛り土をしたのは、家のぶんだけではありません。敷地まるごと、田んぼより五十センチあまり高くしました。義父の田んぼは、これからも手伝います。

敷地は120坪ほどあります。広く響きますが、その大半は畑と庭で、家そのものは30坪。田んぼのまん中に、ぽつんと建ちます。


第4章 後から変えられないものに、先に払う

記事に掲載された写真

予算配分の、たったひとつの基準

予算は有限でした。だから、決め方の基準をひとつだけ決めました。

「後から変えられないものに、先に払う」

これだけです。迷ったときは全部、この物差しに当てました。

後から、まず変えられないもの(=ここに先に払った)

後から、お金と手間で変えられるもの(=あとまわしにした)

見ていただくとわかる通り、上のリストは全部「壁の中」か「屋根の上」か「地面の下」です。足場を組まないと触れないもの、壊さないと触れないもの。下のリストは、休日にホームセンターに行けば近づけるものです。

棚を付ける壁を、先に決めておきました

これは、いちばん人に伝えたいことかもしれません。

棚を付けたい壁に、ネジがしっかり効く下地を入れてもらいました。

木造の壁は、ボードの裏に柱や間柱がある場所にしか、ネジがしっかり効きません。だから普通は「下地探し」という道具で壁を叩いたり、センサーを当てたりして、打てる場所を探します。探して、見つからなくて、位置をずらす。あの作業です。

下地を入れた壁なら、それがいりません。

記事に掲載された写真

わが家で入れてもらったのは、キッチン、玄関の土間まわり、書斎、ファミリークローゼット、洗面脱衣室、トイレなど。どれも「ここに棚が要る」とわかっている壁です。

「棚は自分たちでやります」と言ったら、壁のほうを先に用意してくれた、という順番でした。

逆に言うと、家じゅうの壁ではありません。 リビングの大部分や寝室には入っていないので、そこに何か付けたくなったら、昔ながらの下地探しをします。だから打ち合わせでいちばん大事だったのは、「どの壁に、何を付けたいか」を先に決めておくことでした。

下地は壁の中なので、あとから入れるには壁を開けるしかありません。 打ち合わせで頼めるうちに頼んでおく価値が、いちばん高い項目のひとつだと思います。

窓は、方角ごとに中身を変えました

パッシブデザインというと難しく響きますが、わが家でやったことは、突き詰めると「太陽をどこから入れて、どこから入れないか」を決めただけです。

ポイントは、南だけ「日射を通す側」に振ったことです。冬の太陽の熱を、そのまま部屋に入れたいからです。

日射を遮るタイプのガラスは、薄い金属膜で熱を跳ね返します。夏の西日にはとてもよく効きます。でもそれを南に入れてしまうと、冬にほしい熱まで跳ね返してしまいます。 南は、深い軒が夏の高い日差しを止めてくれるので、ガラスで止める必要がありません。

高い夏の太陽は軒で切り、低い冬の太陽は床まで入れる。 軒と窓は、セットで効きます。

逆に東と西は、朝日と西日が低い角度から入ってくるので、軒では防げません。だからここはガラス側で止める。

実際の数字で見ると、こうなっています。

U値は、その窓からどれくらい熱が逃げるかを示す数字です。小さいほど逃げません。同じ家の窓なのに、南のほうが数字は悪い。 でもそれでいいのです。南の窓は、逃がす以上に入れてくれるので。

「全部同じ、いちばん高いガラス」ではないのがおもしろいところでした。 南に一番強い遮熱ガラスを入れたら、冬に寒くなる。方角ごとに、正解が違うのです。

これから窓を決める方は、図面の窓リストを見て、方角ごとにガラスの仕様が違うかどうかを確認してみてください。全部同じだったら、その理由を聞いてみる価値があります。

断熱は、一種類ではありませんでした

「セルロースファイバーの家」と書いてきましたが、正確には、部位ごとに違うものが入っています。

記事に掲載された写真

屋根は、夏いちばん熱をもらう場所です。限られた厚みで性能を出したいので、性能の高い板状の材料。壁は厚みに余裕があるので、調湿と防音も兼ねられるセルロースを吹き込む。床は、床下ではなく基礎の外周側で断熱する「基礎断熱」という考え方で、床下も家の内側として扱います。

この構成で、UA値は0.45でした。

UA値というのは、家全体からどれくらい熱が逃げやすいかを示す数字で、小さいほど逃げません。仙台市(5地域)の断熱等級6の基準は0.46なので、0.45はぎりぎり内側です。

正直に書くと、余裕たっぷりの数字ではありません。ただ、真壁づくりは柱を見せるぶん、壁を厚くしにくいという構造上の制約があります。柱と同じ厚みの中に断熱材を納めるので、そこが上限になる。その制約の中で等級6に入れた、というのがわが家の実際のところです。

(ちなみにUA値は外皮の断熱性能を示す数字で、あとで出てくる気密のC値とは別の指標です。)

つまり、「いい断熱材はどれか」ではなく、「どこに何を入れるか」の話でした。カタログを比べていた頃の私は、素材のランキングを探していました。実際に必要だったのは、部位ごとの厚みが書いてある図面のほうでした。

これから検討される方は、営業さんに「断熱材は何ですか」ではなく、「屋根・壁・床、それぞれ何が何ミリ入りますか」と聞いてみてください。この聞き方に変えるだけで、返ってくる情報の量が変わります。

なおセルロースファイバーは、ホウ酸・ホウ砂の添加により難燃性を持ち、防カビ・防虫性もあるとされています。

柱の太さは、図面に書いてあります

わが家の柱は、こうなっています。

いま木造住宅で標準的なのは、105mm角です。数字だけ見ると四センチあまりの差ですが、断面積で比べると、150mm角は105mm角のおよそ二倍あります。

キッチンの柱は、両手で握っても、指先がくっつかないくらいの太さです。

ちなみに、図面の凡例には「大黒柱」「通し柱」という記号も載っていますが、わが家には、どちらも一本もありません。 凡例に書いてあるからといって、その部材が使われているとは限りません。太さは、平面図の中の数字で確認してください。

そしてわが家は真壁(しんかべ)づくりなので、この柱が壁の中に隠れません。構造が、そのまま部屋の景色になります。 二階と小屋裏は、梁も現しです。

記事に掲載された写真

これは意匠の趣味の話であると同時に、仕上げ材が減るという話でもあります。柱を隠すための壁も、梁を隠すための天井も、材料と手間がかかります。それをやらない。太い木をそのまま見せる家というのは、木にお金を寄せて、隠すためのお金を減らしている構成でもあるのだと、あとから気づきました。

ちなみに手刻みとは、機械で加工せず、大工さんが墨をつけて刻む方法です。プレカットは精度が高く工期も短い、いまの標準的な方法で、これを否定する話ではありません。わが家が手刻みになったのは、この太い材を真壁で見せながら組むという構成だったからです。木の癖や表情を見ながら、どの木をどこに使うかを決めていきます。

大工さんの作業場を見せてもらった話は、第7章で書きます。

六人家族で、三十坪、2LDK

六人家族で30坪、と書くと、必ず「狭くないですか」と聞かれます。

部屋の数で言うと、2LDKです。

一階は、玄関を入ると大きなLDKがひとつ。それだけです。仕切りの壁も、ドアもありません。子どもたちが使うスペースは決めてありますが、区切ってはいません。

二階は、上がるとまた大きな一間。ここで家族全員が寝ます。あとは三畳の書斎(私の仕事部屋です)と、お風呂、ファミリークローゼット、脱衣所、トイレ。

つまり「扉のついた個室」は、三畳の書斎だけです。六人で。

区切らずに、場所だけ決めておく

ただし、場所は決めてあります。 区切っていないだけです。

二階の一角には、書斎とは別に、壁のない三畳ぶんの場所もあります。いまのところ長男のスペースです。壁がないので、「ここ、将来お茶室にしてもいいね」という話をときどきしています。子どもたちが出ていったあと、本当にそうするかもしれません。

壁は、後から入れられます。 でも、そこに壁を入れられるように作っておくことは、後からできません。だから設計でいちばん時間をかけたのは「壁の位置」ではなく、「壁を入れられる場所」のほうでした。

いま家族が六人だからといって、六人用に固めてしまわない。 これが、わが家の間取りの考え方です。

のれんと、階段の下と、小屋裏

そのぶん、収納と、腰を下ろせる場所には手を入れました。

小屋裏は、大人は腰をかがめる高さです。それでも上がるたびに、少しだけ秘密基地の気分になります。

「どこに収納を作るか」「どこを区切らずにおくか」「どこを後から自分で足せるようにしておくか」。 三十坪でやったのは、結局この三つでした。

自分たちでやることにしたもの

ただし、外構を全部DIYにしたわけではありません。駐車場の土間コンクリート(約40万円)、法面の芝、通路の砕石は、工事に入れました。車を停める場所と、雨で土が流れる場所は、あとまわしにすると生活が始まらないからです。DIYに回したのは、「なくても暮らせるもの」だけでした。

記事に掲載された写真
手刻みの証

第5章 焦がして、守る ── 二十七ミリの杉と、九十センチの軒

記事に掲載された写真

素材の前に、軒の話

素材の話をする前に、それより先に効いているものの話をさせてください。軒(のき)です。

わが家の軒の出は、建物の全周で900〜910mmあります。壁から、九センチではなく九十センチ。図面で見るとかなり出っ張っていて、最初は「ずいぶん深いな」と思いました。

いま新築でよく見かける軒の出は、450mm前後です。軒をゼロに近づけた、箱のようなかたちの家も増えました。すっきりして格好いいし、建築面積にも効くので、理由のある選び方だと思います。

ただ、軒には仕事があります。雨を、外壁に当てないこと。 そして夏の高い太陽を、窓の手前で止めること。

外壁がなぜ傷むかというと、濡れて、乾いて、紫外線を浴びるからです。軒が深いというのは、その回数そのものを減らすということです。

塗り替えの周期を延ばすために、塗料を良くするのではなく、そもそも濡らさない。

記事に掲載された写真

しかも軒の深さは、断熱材や外壁材のように、仕様書で目立つ項目ではありません。性能表に載らないのに効いている、というタイプの設計です。

――と書こうとして、訂正します。ちゃんと性能表に載っていました。

わが家の外皮性能計算書に、冷房期の平均日射熱取得率(ηAC)2.1という数字がありました。これは「夏、日射がどれくらい家の中に入ってくるか」を示す値で、小さいほど入りません。基準は3.0です(断熱等級6でも、その上の等級7でも同じ3.0)。

2.1。かなり余裕をもって下回っていました。

これは断熱材の手柄ではありません。深い軒と、東西北の窓を絞ったことの手柄です。

断熱等級6のほう(UA値0.45/基準0.46)はぎりぎりだったのに、日射を遮るほうは余裕がある。 わが家がどういう考えで組まれた家なのかが、計算書の数字にそのまま出ていました。

これから設計をされる方は、図面の断面図で、軒がどれくらい出ているかを一度見てみてください。数字は必ず書いてあります。もし浅いなら、「なぜこの寸法か」を聞いてみる価値はあると思います。答えがちゃんと返ってくるかどうか自体が、けっこうな情報です。

記事に掲載された写真
美しい木組み

二十七ミリの、黒い板

焼杉は、表面の炭化層が雨や紫外線による劣化を抑え、再塗装を前提とせずに使える外壁材です。独特の黒い意匠と、年月とともに深まる経年変化も魅力です。

ひとつ、書き添えておきたい数字があります。わが家の焼杉は、板厚27mmです。

流通している焼杉は、12〜15mmくらいのものが多いと聞きました。倍近くあります。持たせてもらうと、板というより、材木でした。

炭の層の下に、どれだけ木が残っているか。厚い板は、そのぶん木に余力がある、と私は理解しています。

同じ「焼杉の家」でも、この数字は書いてみないと同じに見えません。カタログの言葉ではなく、図面の数字を見るというのは、こういうことだったのかと思いました。

ここで、大事な注意をひとつ。焼杉は、可燃性の材料です。 炭化層が効くのは、雨や紫外線による劣化に対してであって、火に強くなるわけではありません。

だから都市部では、防火規制への対応が必要になります。認定された壁構成や不燃下地との組み合わせが求められます。隣家との距離が近い都市の敷地では、外壁の多くが「延焼のおそれのある部分」にあたることも、制約を大きくします。

規制のゆるやかな地域、隣家から離れた広い敷地、そして張れる職人さんがいたこと。その組み合わせが、わが家の焼杉を現実にしてくれました。広い土地が、選べる素材の幅まで連れてきてくれた、ということだと思います。

もうひとつの安心は、つくり手が見えることでした。坂元植林の家さんでは、杉板を用意するところから、伝統的な三角焼きで表面を焼いて炭化層をつくる工程までを、自分たちの手で行っています。完成品として仕入れる建材ではなく、一枚一枚の板に火を入れる職人さんの仕事が見える。その手仕事も含めて、家に取り入れたいと思いました。

――ところで、焼杉の板を初めて見せてもらったとき、私は反射的に焼き色を確かめていました。料理人の悪い癖です。もちろん、フライパンの焦げ目と外壁の炭化層は、まったく別の話です。

📷(焼杉の板の小口。27mmの厚みが定規と一緒に写っているもの)

板の下に、何が入っているか

焼杉の板の下には、こういうものが入っています。

外壁は「板を張ってある」のではなく、空気の層と防水層を挟んだ、何枚かの重ね着でした。この21mmの隙間があるおかげで、板の裏側が乾きます。焼杉が長持ちするのは、炭の層だけの手柄ではありません。

屋根も同じです。棟(屋根のてっぺん)には棟換気が入っていて、屋根の中にこもった熱と湿気の出口になっています。

壁が閉じる前に、撮らせてもらう

ここでひとつ、おすすめしたいことがあります。壁が閉じる前の写真を、撮らせてもらってください。

私の場合、動機はチェックではありませんでした。単純に、面白かったからです。

通気胴縁の隙間も、吹き込まれたセルロースも、墨のついた梁も、完成したら二度と見えません。現場に行くたび「これ、撮っていいですか」と聞いて、意味がわかっていない段階の写真をひたすら撮っていました。あとで図面と見比べて、ようやく何を撮っていたのかがわかりました。

そして結果的に、この写真は将来のためになります。 リフォームのときも、点検のときも、「壁の中がどうなっているか」を知っている家と、知らない家では、話の早さがまるで違うはずです。

家づくりで施主にできる仕事は、そんなに多くありません。面白がって、撮らせてもらうこと。 数少ないひとつだと思います。

記事に掲載された写真
大工さんの仕事がいつも本当に綺麗!!

瓦は、昔のイメージで少し損をしている

かつて地震で瓦が落ちた家の多くは、土の上に瓦を載せる旧来の工法によるものだったと言われています。現在はすべての瓦を緊結する基準へと強化されており(2022年〜)、瓦の種類や部位、地域の基準風速に応じて釘・ねじ・クリップなどで留め付けます。この改正の主眼は、強風対策です。

「瓦は重いから地震に弱い」と言われることがあります。わが家の場合は、瓦の重さを前提に構造設計したうえで、耐震等級3を確保しました。重さをなかったことにするのではなく、重さを見込んで組み立てる、という考え方です。

屋根は栄四郎瓦の和形いぶし瓦(防災瓦53A)です。瓦は塗装で色をつけたものではないので、塗り替えを前提にしていません。

「何年もつか」は条件によるので断定を避けますが、塗装のためだけに足場を組む場面は、起きにくいはずです。私が期待しているのは、年数そのものより、そちらです。

瓦の、二つのおまけ

選んだあとで知った利点が、二つあります。

ひとつめは、静かさです。

屋根に当たる雨の音は、屋根材の厚みと重さで変わります。瓦は一枚一枚が厚くて重いので、音が通りにくい。金属の屋根は薄く軽いぶん、雨粒の音が響きやすくなります(下地や断熱材で対策はできます)。

わが家は屋根に近い空間が多いので、雨音がどう届くかは、ずっと気になっていたところです。

ふたつめは、夏の熱です。

瓦は、屋根の下地に瓦桟という細い木を打って、そこに引っ掛けて葺きます。 だから瓦と下地のあいだに、空気の層ができるのです。

日射で熱くなった瓦の熱は、この層でいったん受け止められて、通気で逃げていきます。しかも瓦自体に厚みと重さがあるので、熱が下まで伝わるのに時間がかかります。

ただし、正確に書いておきます。断熱の主役は、あくまで屋根の断熱材(フェノールフォーム100mm)です。 瓦がやっているのは、その手前で熱を減らしておくこと。断熱材の代わりにはなりません。

実際にどれくらい静かで、どれくらい涼しいのかは、住んでみたら書きます。

ガルバリウムとの比較

流行のガルバリウム鋼板は、軽さ・施工性・意匠・価格など多くの理由で選ばれている、優れた現代建材です。わが家の場合は、再塗装の頻度や生涯のメンテナンス、雨音・遮熱との相性を考えて、瓦を選びました。どちらが上という話ではなく、わが家の暮らしに合わせた選択です。

「呼吸する家」の、正確な意味

誤解のないように分けて書きます。

空気を入れ替えているのは、換気設備(第3種換気)です。 これは機械の仕事で、法律で義務づけられているものです。

一方、無垢材とセルロースファイバーがやっているのは、湿気を吸ったり吐いたりすることです。空気を入れ替えているわけではありません。

換気は機械、調湿は素材。 このふたつが別のものだとわかるまで、私はけっこう時間がかかりました。

「呼吸する家」というのは、後者への願いを込めた比喩です。

木の乾かし方についても、ひとつ。坂元植林の家さんでは、材の色艶や香り、内部割れへの配慮から、50℃以下で約3週間かけて乾燥させる中低温除湿乾燥を採用しています。木本来の色艶や香りが残る、贅沢な工程です。

いちばん嬉しかった発見

家づくりの間、数えきれないほどの建材のカタログを眺めてきました。わが家の土地と暮らしに合わせて選んでいったら、行き着いたのが、昔からある「焼杉」と「瓦」と、じっくり乾かした「木」だったこと。

新しい建材にも、それぞれ選ばれる理由があります。そのうえで、昔から残ってきたものにも、ちゃんと理由があった。 それを自分の家で確かめられたのが、嬉しかったのです。

……五年半の遠回りには、意味があったということにしています。


第6章 何に、先に払ったか ── お金の話

記事に掲載された写真

土地の取得、農地に関する手続き、造成、建物、付帯工事、諸経費まで含めた総事業費は、約4,300万円を見込んでいます。

内訳の地図を先に置きます。

※このほかに県産材の利用にかかわる補助金があり、申請は受理されています。完成後に実績報告をして確定する予定です。

坪単価は、分母を見ないと意味がありません

建物本体2,772.7万円を、延床30.00坪(99.17㎡)で割ると、坪92.4万円です。

これを書くべきか、少し迷いました。坪単価という数字は、比べられるようでいて、実は比べられないからです。私が家づくりの一年目に知りたかったのは、まさにこの「比べられなさ」のほうでした。

同じ「坪◯◯万円」でも、こんなに違います。

つまり坪単価は、分母をいじるだけで、いくらでも見栄えを良くできます。

だからもし比べるなら、坪単価ではなく、「総額」÷「自分が実際に使える床面積」で見るのがいちばん誠実だと思います。あるいは、比較したい会社に「その坪単価の分母と分子に、それぞれ何が入っていますか」と聞く。答え方に、その会社の姿勢がわりと出ます。

そのうえで、わが家の坪92.4万円が何を含んでいるかを書いておきます。

手刻み、真壁づくり、板厚27mmの焼杉、無垢杉30mmの床、プラスター塗りの壁、和形のいぶし瓦、900mm超の軒、フェノールフォーム100mmの屋根断熱、セルロースファイバー120mmの壁、棚を付ける壁の下地、長期優良住宅、耐震等級3、断熱等級6(UA値0.45)。

ほかと比べるための数字ではなく、わが家が何にお金を配ったかの記録として、ここに置いておきます。

性能の値札を、そのまま書きます

「長期優良住宅」「耐震等級3」。ぜひ取りたい、でもいくらかかるのかがよくわからない。私もそうでした。ネットを探しても、相場の幅が広すぎて見当がつきませんでした。

なので、わが家の見積書に書いてあった数字を、そのまま出します。

ここでちょっと驚いたのが、半分は「工事」ではなく「書類」だったということです。構造計算をして、図面を揃えて、審査機関に出す。その手間の値段です。

そして――長期優良住宅の補助金75万円の交付が決まりました。 最終の請求から差し引かれる形です。

つまり、110万円かけて、そのうち75万円が補助金でまかなわれる。実質の負担は35万円ほどになる計算です。

この35万円で手に入ったものを、並べてみます。

補助金は、国のもの・県のもの・市町村のものが別々にあって、年度で条件が変わります。そして、たいてい着工前に申請しないと間に合いません。「あとで探そう」が一番もったいない項目でした。工務店さんに「うちの地域で使えるものはありますか」と早めに聞くのを、強くおすすめします。

建てたあとにかかるお金も考える

外壁や屋根に塗り替えが必要な家では、10〜15年ごとに再塗装をすることが多いと聞きます。このとき、塗料代とは別に足場代がかかります。規模や形状によりますが、足場だけで数十万円という単位になることもあるそうです。

わが家は焼杉と瓦なので、再塗装のためだけに足場を組むことは、いまのところ想定していません。 ただ、点検や部分的な補修、ほかの手入れは必要ですし、足場が要る場面がなくなるわけでもありません。生涯でいくら違うのかは条件次第で、住んでみないと私には言えません。

それでも、建てる前に「建てたあとに、何にお金がかかるか」を数えておいたことは、予算の配り方を決めるうえで、ずいぶん助けになりました。

十五年後に、いくつ交換するか

足場と並んで、もうひとつ数えたものがあります。家についている機械の数です。

建物は50年、60年ともたせるつもりで組みました。でも、機械はもちません。給湯器も、換気設備も、エアコンも、太陽光のパワーコンディショナーも、だいたい10年から15年で寿命が来ます。しかも、同じ時期に付けたものは、交換の時期も近くなりがちです。

だからわが家は、こうなりました。

熱交換のできる第1種換気も、太陽光も、優れた選択肢です。条件が違えば、私も選んだと思います。ただわが家は、軒と断熱と気密で「機械に頼らなくていい時間」を先に伸ばしたので、そのぶん機械を減らす方向に振れました。 外皮にかけたお金が、設備を減らすかたちで戻ってきた、という感覚です。

正直に書いておくと、例外もあります。給湯だけは、けっこう複雑な機械を選びました。 土地に都市ガスが来ていないのでLPGなのですが、ガスの使用量を減らしたくて、ヒートポンプと組み合わせたタイプにしています。機械を減らすという方針からは、明らかに外れます。ランニングコストとのトレードオフで、ここは意識的に折れた場所です。

こういう例外があること自体が、家づくりの正直なところだと思っています。全部の項目でひとつの思想を貫き通した家は、たぶんどこかで無理をしています。

これから設備を選ぶ方は、カタログの性能の隣に、「これは何年で交換で、そのときいくらか」を書き込んでみてください。営業さんは、聞けばたいてい答えてくれます。

支出を減らすことも、稼ぐことのうち

住居費の話も、正直に書いておきます。

私たちは船橋で、100㎡の分譲マンションに住んでいました。持ち家だったので、家賃との単純な比較はできません。 ただ、あのあたりで六人が住める広さを借りるとしたら、決して軽い額ではなかったはずです。

そのうえで、わが家の家計簿の考え方だけ書きます。

収入を10万円増やすのと、支出を10万円減らすのとでは、手元に残る額が違います。増やすほうには、税金と社会保険料がかかるからです。

だからわが家では、減らせた支出を「稼ぎ」の欄の隣に書いています。家庭内では「非課税の収入」と呼んでいます(もちろん税法の用語ではありません。うちだけで通じる符丁です)。

移住は、わが家にとって最大の節約術でした。通勤も、選べる仕事も、子どもの進学先も変わるので、誰にでも勧められる方法ではありません。ただ、家計を「稼ぐ」の欄だけで考えるのをやめると、選択肢は思ったより広い――というのが、五年住んでみた実感です。

……ただし、住居費が下がったぶん、コーヒー豆と本と苗の支出は、なぜか増えました。 家計というのは、そういうふうにできているようです。

お金では買えなかったほうの話

建物についても、ひとつ感じたことがあります。

オプション表にあったもの――床暖房、食洗機、太陽光、外壁のタイル、玄関のニッチ。

オプション表になかったもの――この梁が、どの山に立っていたか。

値段がついていなかったのは、安いからではなくて、そもそも欄がなかったからでした。


第7章 建てたあとの、長い時間の話

記事に掲載された写真

※ここから工務店の話になるので、先に書いておきます。この記事は、坂元植林の家さんからの依頼・対価・便宜を受けて書いたものではありません。 一施主として、勝手に書いています。ただし制度名・社史・仕様など事実関係の表記については、公開前に担当の方に確認をお願いしました。誤りが残っていれば、それは私の責任です。

まず、制度が守ってくれる部分の話から

家づくりを始めてから、「工務店が潰れたらどうするのか」という話を、いやというほど目にしました。主にネットと動画です。

着工後に会社が倒れて工事が止まった話。住宅完成保証に入っていない会社だったと、あとから知った話。資材が高騰して見積が出し直しになり、建てられなくなった話。住宅ローンの金利が上がって、返済計画が崩れた話。

資材の話は、ここ数年ずっと続いています。少し前には木材が上がり(いわゆるウッドショック)、最近では石油由来の基礎原料であるナフサの供給が細って、樹脂や接着剤、配管、シート類といった建材の値上がりが相次ぎました。

実際、家づくりのあいだにも、工務店の倒産のニュースは何度も流れました。

不安になります。当然です。

ただ実は、ここはかなり制度で守られています。新築住宅には、構造耐力上主要な部分と雨水の浸入を防ぐ部分について、引き渡しから10年間の瑕疵担保責任があります。 そして事業者には、その履行を確保するための保険加入または供託が義務づけられています。 つまり、施工した会社がなくなっても、この範囲は保険で対応される仕組みになっています。工事の途中で会社が倒れた場合についても、住宅完成保証という制度があります。

だから、「潰れたら全部おしまい」ではありません。まずそれを知ってください。

そのうえで、私が気にしたのは、制度がカバーしていない側でした。

制度が守ってくれない、三つのこと

ひとつ目は、10年より先です。 保険が効くのは10年。でも家は50年、60年使います。11年目に雨漏りしたとき、電話をかける先があるかどうかは、制度の外の話です。

ふたつ目は、保険の対象外の部分です。 構造と雨漏り以外――建具の建て付け、床の軋み、設備の不具合、「なんとなく調子が悪い」の類い。家に長く住むと、実際に起きるのはほとんどこっちです。

みっつ目は、同じ材料が手に入るかどうかです。 わが家は無垢の杉を、色や木目を見ながら使っています。20年後にどこかを直すとき、同じ樹種の、似た木が手に入るかどうか。 保険はそこまでは面倒を見てくれません。

この三つは、全部「誰かが、まだそこにいるか」という問題でした。

私が見た数字

坂元植林の家さんに決めたとき、頭にあった数字はこれです。

創業から100年を超えるという数字を、私は「安心だから」と受け取ったのではありません。「木を植えてから使えるようになるまでの時間より長い」 と受け取りました。

杉が家の柱や梁になるまで、だいたい50年から60年かかります。いま伐っている木は、ずいぶん前に誰かが植えたものです。そしていま植えている木を使うのは、いまの社長さんでも、いまの大工さんでもありません。

200年の森づくり、というのはそういう意味だと思っています。自分が結果を見られない仕事を、続けている会社だということです。

「これも家づくりなので」

数字のほかに、実際に見せてもらったものがあります。

先方から「ぜひご案内したい」と声をかけていただいて、私も見てみたかったので、「ぜひ」とお願いしました。見学したのは、製材された木を保管している工場と、手刻みをする大工さんの作業場です。山で斧を入れた木とは別の場面ですが、木が家になるまでのあいだに、こういう場所があるのだと知りました。

規模も、清潔さも、整理整頓も、私の感覚では想像の100倍でした。特に、大工さんの作業場が本当にきれいだったことを覚えています。床一面に材が並んでいて、その一本一本に手書きの印がついていました。

「こんなにたくさんの工程を経ているんですね」「こんな細かいところまで気を遣われているんですね」と、思ったままを口にすると、現場監督の山岸さんは、これも家づくりなので、ぜひ見てもらいたいのだと答えてくれました。

この家は、図面だけでできているわけではない。 この見学で、そう実感しました。

契約のあとで、見積額が変わりませんでした

さきほど書いた資材の高騰について、もうひとつ。

石油由来の原料が値上がりして建材の値上げが話題になった局面でも、わが家は、契約後に見積額が変わりませんでした。

これは企業努力と、タイミングがぎりぎり間に合った幸運が大きいと思います。そのうえで、もうひとつ理由があるとすれば――この家は、石油由来の資材の比率が小さいということかもしれません。

焼杉、瓦、地域の山から来た木。主な材料の多くは、石油由来ではありません。(もちろん断熱材の一部やケーブルなど、石油由来のものも使われています。ゼロではありません。)

ただ、見積額が変わらなかった理由を、私がこれ以上言い切ることはできません。ありがたかった、というのが、施主としての正直な実感です。

担当者が、農業委員会の日程を覚えていました

営業の赤塚さんの話を、ほめ言葉なしで書きます。

わが家の農地の手続きは、三年かかりました。その間、農業委員会には開催の日程があり、そこに間に合わなければ、次まで待つことになります。 書類が一枚足りないと、ひと月が消えます。

赤塚さんは、その日程を把握していました。「この書類はいつまでに揃えないと、次に回ります」と、こちらが聞く前に言ってくれる。行政書士さんと司法書士さんと私と義父のあいだで、誰がいつ何をするかを整理してくれる。

これは、家を売る仕事ではありません。家を売る前の、まだ契約が成立するかもわからない段階の、事務です。

私にとってありがたかったのは、赤塚さんが「どこまでが自分の仕事か」の線を、かなり後ろに引いてくれていたことです。

土地選びから手続き、資金計画、建物の基本設計まで。難しい農地の手続きでも、相談窓口として専門家や関係者をつなぎながら、粘り強く道筋をつくってくれました。赤塚さんの伴走がなければ、ここまでたどり着けなかったと思います。

それは赤塚さんだけではありませんでした。

現場監督の山岸さんは、とにかく丁寧な方です。工事の予定をこまめに知らせてくれて、こちらの細かな質問にも、自分で調べて返事をくれました。この記事の事実確認でも、わざわざ家まで来て、直したほうがいいところを一つひとつ説明してくれました。

大工さんも、社長さんも、穏やかで優しい方ばかりで、会って話を聞いてくれる場面が何度もありました。わが家の家づくりは、ずっとそうでした。

枠の中で、希望を聞いてもらえました

わが家が建てた「きのえ」は、構造や設計上のルールを設けた、規格型のセミオーダー住宅です。ルールをあらかじめ決めることで、コストを抑える仕組みになっています。だから、枠はあります。私も最初は、「希望はほとんど通らないだろう」と身構えていました。

実際には、その枠組みの中で、小下がり、小屋裏収納、造作、日射や風を考えた配置など、私たちの希望に柔軟に対応してもらいました。

濡れ縁も、庇の延長も、見送りました。ただしこれは断られたからではなく、私たちがコストを下げるために、自分で削ったものです。「今回はやめておきます」と言ったのは、こちらでした。

枠があることと、話を聞いてもらえることは、わが家の場合、ちゃんと両立していました。

そのうえで、頼めない条件もあります

対応エリアが限られています。 森の管理から製材、施工、引き渡し後の点検までを近い範囲でつなぐ仕事の仕方だと、そうなるのだと思います。遠くの方は、まず対応エリアを確かめる必要があります。

焼杉はどこでも張れるわけではありません。 わが家で選べたのは、防火規制の条件がゆるやかな地域で、隣家から距離のある敷地だったことが大きいと思います。同じ会社に頼んでも、敷地の条件によっては、この外壁は選びにくいことがあります。

――こう書くと制約を並べているようですが、私はこれを「向いている人がはっきりしている」という意味に受け取っています。

私の結論、という書き方でしかできない話

ここからは、完全に私の考えです。異論はあると思います。

これから家を建てる人にとって、「性能の高い家」と「長く続く会社」は、セットで考えないと意味がないと私は思っています。

理由は単純で、性能の高い家ほど、施工の丁寧さに結果が左右されるからです。断熱材が入っているかどうかは図面でわかりますが、隙間なく入っているかは、施工した人しか知りません。気密も、通気層も、防水の納まりも同じです。カタログの性能と、実際の性能のあいだにあるのは、施工です。

そして施工した人がいなくなると、「なぜこうなっているか」を知っている人がいなくなります。 20年後に壁を開けたとき、どういう考えでこう組まれたかを説明できる人がいるかどうか。高性能な家ほど、それが効いてくるはずです。

だから私は、「性能」と「継続」を別々の項目として比べませんでした。同じひとつの項目だと思って選びました。

自分でも思う、この考えの穴

「老舗でも潰れる」 ── その通りです。創業年数は、未来の保証ではありません。だから私は、年数そのものより、何を大事にして仕事をしているかを見ました。木を植えるところから家までを、ひと続きで考えているかどうか。それでも保証にはなりません。これは判断というより、賭けです。

「大手のほうが潰れにくいし、保証も手厚い」 ── これも、その通りだと思います。規模の大きさは、それ自体が信頼の根拠です。実際、大手の長期保証の仕組みは、整っていることが多い。私が優先したのは「潰れにくさ」ではなく「同じ人が来るか」でした。 どちらを重く見るかは価値観の問題で、正解があるものではありません。

「田舎だからできたんでしょう」 ── これは、そのまま認めます。焼杉を選べたのは防火規制の条件がゆるやかな地域だからで、軒を900mm出せたのは隣地に余裕があるからで、120坪の土地があるのは仙台の中心から離れているからです。 わが家の選択のかなりの部分は、場所に借りがあります。都市部で家を建てる方には、この記事の素材選びが、そのまま当てはまらないことも多いと思います。

ただ、移植できる部分もあります。 軒を一ミリでも深くできないか聞くこと。方角ごとに窓を考えること。棚を付けたい壁を先に決めて、そこに下地を入れてもらうこと。十年後・十五年後に交換することになる機械(給湯器・換気設備・エアコンなど)の数を、先に数えておくこと。「後から変えられないもの」に先に払うこと。 このあたりは、どこで建てても効きます。

「高性能な家は高いから、そんな余裕はない」 ── わが家の場合、耐震等級3と長期優良住宅を合わせて110万円、補助金75万円の交付が決まって、実質35万円ほどの計算です。しかも新築住宅の省エネ基準への適合は、すでに義務化されています。「高性能な家を選ぶかどうか」という問いの立て方は、変わりつつあると感じています。 これからの論点は、義務の最低ラインで建てるか、その上に行くかです。私は、後から変えられない部分だからこそ、上に行っておこうと考えました。

記事に掲載された写真
倒れた直後の伐採木
記事に掲載された写真
誇らしげな息子たち

第8章 私が、もう一度家を建てるなら聞くこと

記事に掲載された写真

ほめ言葉を並べるより、私が聞いてよかった質問を置いておくほうが、たぶん役に立ちます。まったく別の会社で家を建てるとしても、そのまま使える質問です。

家について

  1. 軒の出は何ミリですか。 その寸法にした理由は?

  2. 屋根・壁・床、それぞれ断熱材は何が何ミリ入りますか。

  3. 窓のガラスは、方角ごとに変えていますか。

  4. 外壁の下に、通気層はありますか。厚みは?

  5. 柱は何ミリ角ですか。

  6. 壁の下地は、どこに入りますか。 棚を付けたい壁に足すと、いくらですか?

  7. この家、10年後・20年後に何を交換することになりますか。 その概算は?

  8. 耐震等級3と長期優良住宅を取ると、工事費と申請費でそれぞれいくら増えますか。 使える補助金はありますか?

土地について

  1. 造成・地盤改良・水道の引き込み・乗り入れ口は、見積のどこに入っていますか。 入っていないなら、概算はいくらですか。

会社について

  1. 建てたあとの点検は、誰が、どれくらいの頻度で来ますか。

  2. この家に使う木は、どこから来ますか。

全部に即答できる会社ばかりではないと思います。大事なのは即答できるかどうかより、「調べて折り返します」と言って、本当に折り返してきてくれるかどうかでした。

私が五年半かけて学んだのは、たぶんそれだけです。


第9章 餅まきのあと、大雨が来た

記事に掲載された写真

提案は、向こうから

上棟式のことは、私は何も知りませんでした。棟が上がったお祝い、くらいの認識です。省略する家も多いと聞いていたので、そういうものかと思っていました。

先に声をかけてくれたのは、赤塚さんです。「上棟顔合わせ式を開催させていただきたいのですが」と、日程の候補まで添えて連絡が来ました。

送られてきた式次第を読んで、正直、驚きました。

一.開式の辞 / 二.祝詞奏上 / 三.四方祓いの儀 / 四.礼拝の儀 五.上棟の儀(釘打ち式) / 六.会社ごあいさつ / 七.スタッフ・職人紹介 八.棟梁あいさつ / 九.施主ごあいさつ / 十.記念撮影

祭壇も、棟札も、法被も、全部向こうが用意すると書いてありました。施主が準備するのは、祈念の絵馬と、棟梁の大工さんへのご祝儀だけ。

これでも十分に立派だと思いました。 むしろ、こんなにやってくれるのかと思ったくらいです。

それを見た義父が、もうひと押しした

ところが、義父でした。

せっかくなら、きちんと上棟をお祝いしたほうがいいのではないか――というのが、義父の考えでした。正式にやろう、ということです。

私は赤塚さんに、こう返信しました。「ぜひ正式な上棟式を行いたいので、準備も含め、お願いできると有り難いです」。

そこから先は、全部やってくれました

返ってきたのが、この一文です。

「お餅の手配はご自身でされますか? 特になければ、五色の旗など、こちらで一式ご用意いたします!」

全部お願いしました。

そして本当に、全部でした。祭壇一式、棟札、法被、木槌、真鍮の釘、ろうそく、酒、塩、五色の旗、一升枡、そして御餅二升分。 祝詞は、現場監督の山岸さんがあげてくれました。当日は棟梁のお兄さん(この方も大工さんです)が、午前中は別の現場の応援に入って、午後からうちの現場で五色旗を上げ、餅まきの準備をしてくれました。

お餅は、当日の朝についてきてくれたものでした。 だから、めちゃくちゃ美味しかった。

私たちが負担したのは、お餅二升分と、枡と、五色の旗の実費で、約1万円ほど。 それに、蒔くお菓子と、障子紙に包んだ小銭。あとは、棟梁の大工さんへのご祝儀です。

これだけやっていただいて、こちらの実費はそこまででした。 祭壇も、棟札も、法被も、真鍮の釘も、祝詞も、当日動いてくださったスタッフさんの時間も、そこには入っていません。向こうが持ってくれた分です。

誘いに行くことになった

やると決めた瞬間に、やることが増えます。ご近所へのお誘いです。

この訪問が、思いがけず良かったのです。

引っ越し先のお隣、その両隣、裏のお宅。名乗れば「ああ」と通じる程度には、お互い存在を知っている。でも、それだけの関係でした。移住者というのは、たいていそうです。顔は知られているけれど、話したことはない。

そこへ、「上棟式をやるので、よかったら来てください」と言いに行く。

用件が、お願いではなく、お誘いなのです。 この三年、頭を下げに行く訪問ばかりだったので、これは本当に気持ちのいい用件でした。

そしてこのご挨拶で、ご近所との関係が、はっきり一段変わりました。

家族全員で、柱に釘を打った

記事に掲載された写真

当日は、まず身内だけで家の中に入りました。まだ壁のない、柱と梁だけの家です。

山岸さんに祝詞をあげていただいて、手を合わせて。四方にお酒と塩を撒いて、お祓いをしていただきました。

そして――家族全員で、柱に真鍮の釘を打たせてもらいました。

しかも、見えるところにです。キッチンの柱に、家族ひとりひとりの身長の高さで、順番に。

つまりあの柱は、これから身長計になります。壁ができても隠れません。毎日、目に入ります。

正直に告白しておくと、私は少し見栄を張って、実際より上のほうに打ちました。 いつかバレると思います。

記事に掲載された写真

これが、思っていたよりずっと来ました。

――あとで式次第を読み返して、その理由がわかりました。この項目には、こう書いてあったのです。

五.上棟の儀(釘打ち式) サカモト独自のイベント 工事に参加してもらう 真鍮の釘

「工事に参加してもらう」。

私が勝手に感動していたわけではありませんでした。そう感じるように、意図して用意された時間だったのです。しかも、よそでやっているのを真似たものではなく、この会社が自分で始めたことでした。

家というのは、基本的に「作ってもらうもの」です。私たちが払って、大工さんが建てる。打ち合わせにどれだけ参加しても、実際に木に触れるのはプロの仕事です。

その家の柱に、家族全員が、自分の手で釘を打った。 しかも、消えない場所に。

これから毎日、キッチンに立つたびに、六本の釘が目に入ります。

一升枡のこと

その日にいただいた一升枡のことも、書いておきます。

カンナがかけられていました。

木の面が、こんなに滑らかになるのかという手触りでした。妻が両親に見せたら、「これは一生大切にしなさいよ」と言われたそうです。

餅まきの道具として使うものです。使い捨てでもいい場面です。そこにカンナをかけて渡してくる。山の木を製材して、木で家を建てている会社の仕事だなと思いました。

家と一緒に、ずっと持っておこうと思っています。

二階から、餅を撒いた

そのあと写真を撮って、私は二階に上がりました。

餅まきです。

障子紙に包んだ小銭と、お菓子と、餅。二階から撒きます。

下では、子どもたちが狂喜乱舞していました。

「俺はこんなに取った!」 「私はこれだけ取った!」

自分の子も、近所の子も、区別がつきません。全員が地面を見て、全員が同じ声を出しています。

三十人ほどの方が来てくださって、餅まきそのものは、五分ほどで終わりました。

記事に掲載された写真
餅まき前、子供達のテンションは最高潮
記事に掲載された写真
ガチ勢

家探しに二年かけて、書類に三年かけて、その全部の上に、五分の餅まきが載っている。割に合わないような、これ以上ないような、不思議な五分でした。

解散した瞬間に、降ってきた

そして、みなさんが帰って、解散したその瞬間に、大雨が降ってきました。

車に乗り込むころには、もう本降りです。

あの数十分だけ、待っていてくれたことになります。

そのあと、虹が出た

夕方、雨が上がったころ。

田んぼの上に、虹が出ていました。

餅を撒いたのが15時半すぎ。虹の写真に残っている時刻が、17時45分です。

出来過ぎだと思います。書いている自分でもそう思います。ただ、撮ってあるので、本当です。

記事に掲載された写真
No rain,No rainbow. しかも、ダブル。

義父は、たぶん知っていた

きちんとお祝いしたほうがいい、と義父は考えていました。

たしかに、忘れられない日になりました。でも、たぶんそれだけではなかったのだと思います。

上棟式は、家のための儀式であると同時に、これからここに住む人間を、地域に紹介する日でもある。

名前しか知らなかった方たちが、庭で餅を拾っている。うちの子どもと、近所の子どもが、同じ地面で押し合っている。

私はたぶん、あの数分で、ようやくこの土地に引っ越してきたのだと思います。家が建つより、先に。

そしてもうひとつ、はっきりしていることがあります。

義父が言い出さなければ、私はやりませんでした。でも、坂元植林の家さんがいなければ、やりようがありませんでした。

祝詞も、祭壇も、棟札も、五色の旗も、朝ついた餅も、カンナのかかった枡も、家族が釘を打つ時間も、ぜんぶ向こうが持っていたものです。私がやったのは、「お願いします」と言ったことだけでした。

これから家を建てる方へ。上棟式は、やったほうがいいです。

そして、その工務店が上棟式に何を用意しているかは、私にとっては、会社を知る手がかりのひとつになりました。

サクッと済ませようとしていた自分に、教えてやりたいくらいです。

記事に掲載された写真
初めて人に向けて餅と金銭をまきました

エピローグ 見上げる梁と、背を測る柱

記事に掲載された写真

あの日の杉は、いま、わが家の天井を横切っています。梁になりました。

梁表しの家なので、隠れていません。見上げれば、いつでもそこにあります。

そしてキッチンには、家族で釘を打った五寸の柱が立っています。六本の真鍮の釘が、それぞれの身長の高さで並んでいます。(私の一本だけ、少し高い位置にあります。)

見上げると、あの日の杉。目の前には、背を測る柱。

あのとき泣いた末っ子は、あの梁があの日の木だということを、たぶんもう覚えていません。いつか、話して聞かせようと思います。信じるかどうかは、わかりません。

あの音を聞いた子どもたちには、この家の木を、少しだけ大事に思っていてほしい。

……と、親は勝手に願っています。あと十年ほど、様子を見ます。

家は、まだ完成していません。気密の測定もこれからです。目標はC値1.0㎠/㎡以下。C値は、住宅全体にどの程度のすき間があるかを示す気密性能の指標で、断熱性能や設備、日射条件などとともに住み心地を支える要素のひとつです。実測値は、この記録に追記します。

(ちなみに施主本人の断熱性能は、千葉育ちのため測定するまでもなく低めです。)

棚も、濡れ縁も、外構も、これから自分たちでやります。棚を付ける壁には下地を入れてもらったので、打つ場所はわかっています。 困るとしたら腕のほうで、水平が出るかどうかは、正直まったく自信がありません。 それはまた別の記事でご報告します。

畑は、続きます。義父の田んぼも、変わらず手伝います。

いま住んでいるのは、新しい家から歩いて五分ほどの場所です。だからいまの畑は、引っ越したあともそのまま続けます。 新しい土地に何を植えるかは、これから考えるところです。

いずれにせよ、今年の野菜のほうが、家より先に育っています。

五年半かけてわかったのは、家は「買うもの」というより、場所と、人と、時間の組み合わせでできているということでした。

私たちは、その場所に五年半かけて先に住みました。家は、あとから来ました。

続きは、また書きます。

記事に掲載された写真
杉と手仕事が、薫る

お知らせ

坂元植林の家さんのモデルハウス「さとのえ」は、宮城県柴田町にあります。総合住宅展示場とは違い、里山「坂元の森」に建つ、暮らしを体験できるモデルハウスです。地域の方言で家を「え」と呼ぶことから名付けられました(街なかには「まちのえ」もあります)。かまどでご飯が炊けて、イベントも開かれています。

見学方法やイベントの日程は、公式サイトでご確認ください。

https://www.sakamoto-shokurin.com/preview/

この記事について

最後に、いくつか明記しておきます。

私は、坂元植林の家さんの施主です。 つまり、お金を払って家を建ててもらった客であって、それ以上の関係ではありません。この記事を書くにあたって、報酬や割引、その他の便宜は一切受けていません。 書いてほしいと依頼されたわけでもなく、勝手に書いています。

ただし、公開前に会社の方に事実確認をお願いしました。 制度の名称、会社の沿革、施工の内容など、私の記憶違いで誤った情報を広めてしまうのを避けたかったからです。指摘を受けて直した箇所は、いくつもあります。逆に、評価や感想の部分は、すべて私自身のものです。

そして、私はこの家にまだ住んでいません。 現在建築中です。この記事に書いた性能や耐久性の話は、すべて「そうなるはずだ」という設計上の期待であって、住んだ実感ではありません。5年後、10年後にどうだったかは、そのときに書きます。 うまくいかなかったことがあれば、それも書くつもりです。

家づくりの記事は、たいてい建てた直後のいちばん気分がいいときに書かれます。私のこの記事も、まさにそれです。 そのつもりで読んでいただけたら、と思います。

引用・SNSでの言及について

本記事への感想、紹介、事実に基づく批評を歓迎いたします。引用する場合は、出典と記事URLを明記し、前後の文脈を損なわない形でお願いします。

一方、本人・家族・取材協力者・施工関係者への侮辱や人格攻撃、虚偽情報の流布、住所・行動履歴その他の私生活情報の特定・収集・公開、切り抜きによって誤解を助長する行為、引用の範囲を超えた文章・画像の転載は認めていません。

事実誤認のご指摘は、公開の場で個人へ直接連絡するのではなく、藤田承紀 公式サイトのお問い合わせフォーム(https://fujitayoshiki.com/contact/)までお寄せください。

※費用・面積・性能目標などは、特記のない限り2026年時点の計画値・概算です。完成後、実測値等を追記します。